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長野地方裁判所 昭和57年(ワ)210号 判決

原告

甲本次郎

右法定代理人親権者父

甲本一郎

同母

甲本花子

原告

甲本花子

右両名訴訟代理人

武田芳彦

右訴訟復代理人

和田清二

被告

長野市

右代表者市長

柳原正之

被告

乙田和雄

被告

乙田和子

被告

丙田洋一

被告

丙田洋子

右五名訴訟代理人

宮澤増三郎

宮澤建治

右訴訟復代理人

山本道典

主文

一  被告らは連帯して原告甲本次郎に対し、金二二〇万円〇四一三円及びこれに対する昭和五二年一二月一五日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告甲本花子の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、原告甲本花子と被告らとの間では、被告らに生じた費用の五分の一を原告甲本花子の負担とし、その余は各自の負担とし、原告甲本次郎と被告らとの間では全部被告らの負担とする。

四  この判決の第一項は仮に執行することができる。但し、被告らが単独で又は共同して金七〇万円の担保を供するときは、右仮執行を免れることができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  主文第一項同旨

2  被告らは連帯して原告甲本花子に対し、金五〇万円及び右金員に対する昭和五二年一二月一五日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

4  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

3  担保を条件とする仮執行免脱宣言

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告甲本次郎(以下、単に「原告」ということがある。)は昭和五二年一二月一四日午後一時頃、長野市吉田三丁目所在の長野市立吉田小学校二階廊下踊場で、乙田和郎、乙田洋之によつて左手をつかまれて、左廻りに二、三回身体を振り廻されたうえ、後から突かれ、とつさに渡り廊下の開き戸の把手に右手でつかまつたが、その時左手を離されたので、そのまま前方に倒れて、胸部を金属性の固い物に強打し、後記の傷害を負つた。

2  原告は本件事故の直後、吉田小学校の医務室で手当を受けたが、右肩は脱臼状態で、激痛のため泣くほどであり、帰宅後も右腕をあげることも物をつかむこともできず、翌日から大塚整骨院、安藤医院等で診療を受け、右肩部捻挫、上腕打撲、右前第六肋骨不全骨折等の傷害を受け、今日に至るも完治しない。右傷害は前項の事故により発生したことは明らかであり、原告の体質に起因するものではない。

3  被告らの責任原因

(一) 親権者の監督義務

被告乙田和雄、同乙田和子は乙田和郎の父母、被告丙田洋一、同丙田洋子は丙田洋之の父母でそれぞれ親権者であり(以下、右被告ら四名を「被告親権者ら」という。)、乙田和郎、丙田洋之は本件事故当時満一二歳で、行為の責任を弁識するに足りる能力がなかつたから、被告親権者らは法定監督義務者として、原告らに生じた損害を賠償する義務がある。

(二) 被告長野市

(1) 被告長野市は吉田小学校の設置者で、本件当時原告の担任教諭であつた原伊久子は被告長野市の公務員である。

(2) 原告は吉田小学校に転校した直後から、二、三回同級生に体育館に連れ出され、殴る蹴るの暴行を受け、これを原伊久子に訴え、同人は学校内でリンチまがいの行為が行なわれていることを知りながら原告の訴えを無視し、暴力行為を放置した。

(3) 原伊久子は体罰の名のもとに原告を含む大多数の担任生徒にびんたを加えていた。このような暴力容認の態度が、本件事故発生の背景である。

(4) 原伊久子は本件事故を軽視し、具体的な調査や専門医の診察を受けさせるなど適切な措置をとらず、原告の保護者への通知もしなかつた。

(5) 原伊久子の(2)及び(3)の生活指導上の義務違反によつて本件事故が発生し、(4)の義務違反により損害を拡大させた。被告長野市は、原伊久子の使用者、吉田小学校の設置者として、原告らの損害を賠償する義務がある。

4  損害

(一) 原告甲本次郎二二〇万〇四一三円

(1) 治療費及び診察費三三万二七一七円

(2) 慰謝料二〇〇万円(交通費及び宿泊費に支出した四六万五八二〇円を算定の要素として加えるべきである。)

(3) 損害の填補一三万二三〇四円

学校安全会からの給付金三万五〇二七円、被告親権者らから通院交通費七万七二七七円と見舞金二万円の合計

(1)及び(2)の合計から(3)を差引くと、二二〇万〇四一三円である。

(二) 原告甲本花子 五〇万円

原告甲本花子は原告甲本次郎の母親であるが、原告甲本次郎の治療、看護のため自分の生活を犠牲にして心労を重ねた。

(1) 逸失利益 三〇万円

(2) 慰謝料 二〇万円

5  よつて被告らに対し、損害賠償として、原告甲本次郎は二二〇万〇四一三円、原告甲田花子は五〇万円及びこれらに対する本件事故発生の翌日である昭和五二年一二月一五日から各完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因事実に対する認否

1  請求原因1の日時、場所、当事者で事故が発生したことは認めるが、その態様は否認する。本件は、乙田和郎、丙田洋之の意図的な暴力行為によるものではなく、同人らと原告のどちらからともなく、互いに手を取り合つてふざけ合つていたもので、乙田和郎が転倒して原告の手を離したのをきつかけに、廊下がすべりやすかつたので、原告が転倒した偶発的な事故である。

2(一)  同2のうち、原告が医務室で手当を受けたこと、その後大塚整骨院、安藤医院等で治療を受け、右肩部捻挫、上腕打撲と診断されたことは認め、その余の診断結果は不知、傷害の程度は否認し、原告がその後今日に到るまで傷害が残つているとしたら、本件事故との因果関係は否認する。

(二)  原告は先天的になで肩で、全身の靱帯が軟いため、右胸部の陥没性変形が生じて、痛みや高熱を発するのであり、更に原告は本件事故について被害者意識を異常に昂進させ、心因反応を生じているための愁訴である。

3(一)  同3(一)につき、乙田和郎、丙田洋之の年齢、被告らの身分関係及び親権者の監督責任の一般論は認めるが、本件事故は前記のとおりふざけ合いによる偶発的なものであり、このような場合にまで親権者が責任を負うものではない。

(二)  同3(二)につき、(1)の事実は認め、その余は全て否認する。原告及び相手方二名は小学校最高学年の生徒であり、本件事故は前記のとおり暴力行為ではなく、昼休み中の偶発的なものであるし、担任教諭といえども、想定しうるあらゆる生徒の危険に対し完全に保護することは不可能であり、本件事故発生につき原伊久子には何らの過失もない。又、原告の傷害は重大なものではなかつたし、事後措置の懈怠により症状が悪化したことはない。

4  同4の損害額は不知。なお損害の填補については、原告ら主張のとおりである。

第三  証拠〈省略〉

理由

一請求原因1の本件事故の発生は、その態様を除いて当事者間に争いがない。〈証拠〉を総合すれば次のような事実が認められる。

1  各人の内心の意思を別にすれば、原告は本件現場で乙田和郎、丙田洋之の二名と会い、手をあげて挨拶をしたところ、二名は近くにいた数名の女生徒の方へ原告をひつぱつて近づけようとした。原告が嫌がつてこれに抵抗したので、二名は原告を女生徒の方へ直接向けることをやめ、内一名(これがどちらであるかは証拠上明らかではない)が原告の手をつかみ、他の一名が背後から押す形で、左廻りに二、三回原告をぐるぐるまわしにしたところ、乙田和郎が転倒し、これに原告がつまづいて、同時につかんでいた手が離されたので、原告はつんのめる形となり、右手で扉の把手をつかんだが、右手がよじれて転倒し、右胸を強打した。

乙田証人は、原告を中心に、二名がまわりをまわつたと供述するが、この態様では原告が遠心力を受けにくいので、右供述は記憶違いと思われる。

2  乙田証人、丙田証人は、右の行動の動機について、女生徒がいたので、ふざけて原告を冷やかすためであつたと証言し、これは状況からみて、さほど不自然ではないので、概ねこれに近いと推認される。

3  これに対して原告は、相手方はふざけていたのかもしれないが、自分はふざけ合つたつもりはないと供述し、前記のとおり原告が抵抗したことは明らかなので、原告の意思は相手方のふざけに参加するものではなかつたと認められる。

右の事実によつて考えてみるに、本件は乙田和郎、丙田洋之に積極的な加害意思は認められないので、けんか型又はリンチ型(いじめ型)ではないし、原告の側に参加の意思はないし、結果についての落ち度もないのでふざけ型でもなく、いたずら型に属するというべきである。(以上の分類は、遠藤博也「国家補償法上巻」三三四頁以下による。)

二原告の受傷とその因果関係について検討する。

1  〈証拠〉によれば、原告甲本次郎は、本件事故の直後から右腕、右肩、右胸が激しく痛み、当日は右腕を動かせないほどで、その後整骨院、外科医院で診療を受けたものの痛みは治まらず、発熱も伴ない、小学校在校中は体育の授業はほとんど受けられず、昭和五八年一一月になつてまたぶり返し、松葉杖を使つていたことが認められる。

2  〈証拠〉によれば、原告が受けた診断は次のとおりであることが認められる。

(一)  昭和五三年三月三日右肩部捻挫、上腕打撲、右腕趾部捻挫、右前第六肋骨不全骨折 柔道整骨師大塚富之輔(同人の以後の診断には骨折の診断はない。)

(二)  同年九月五日右足関節捻挫、右肩関節捻挫 医師安藤光彦

(三)  昭和五六年一月六日頸部痛同医師

(同一人の同種診断は省略した。)

3  〈証拠〉によれば次のような事実が認められる。信州大学医学部教授・整形外科長の寺山和雄は昭和五六年二月長野市長の依頼を受けて、同年四月原告を診察し、原告が当時も時によつて痛みを感じ、力が入らないことがあるとの訴えを聞き、身体の特徴として、頸椎の湾曲異常を認め、胸骨が一見して引込んでいる漏斗胸の状態にあつて、これらは先天的なもので、外傷性によるものではないと診断し、その原因として原告は全身の靱帯が軟い体質であるためとし、胸郭出口症候群とは断定できず、一歩下がつて首肩症候群との診断名をつけた。しかし体質、体型による疼痛は本件のような事故をきつかけに発生することは肯定も否定もできないとの判断である。

以上の各事実によつて考えてみると、原告の本件事故直後の激痛は、主として、2(一)の診断にある肋骨不全骨折によると認めるのが相当である。その後の診断で肋骨不全骨折が記載されていないのは、月日の経過で治癒したためと推認されるが、痛みが完全に消えなかつたのはいかなる原因によるのか、必ずしも明らかではない。寺山教授の診断は本件事故後三年余経過した時点のものなので、明確でない点があるのはやむをえないとして、原告の体質に起因する面があるとの診断意見は、その専門的知識に基づいているので、否定することはできず、但し、右の診断意見によつても、体質に加えて外的原因がきつかけになることも否定されてはいないので、結局、本件事故の後近接した時期の傷害は、本件事故の直接の結果であり、その後年月を経た時期の痛みは、原告の体質に起因する面が加わつていると判断するのが相当である。このように原因が競合している場合、体質による割合が圧倒的に大であると断定できればともかく、本件ではそこまで断定できないから、なお本件事故との間に因果関係を認めるのが相当である。

被告らは、原告の痛みの原因につき、被害者意識による心因性の愁訴であると主張し、この点は本件各証拠(特に原告甲本花子の供述)及び弁論の全趣旨によりある程度認められるが、心因性とは右のような意識だけではなく、責任を否定する被告らの態度にも原因があることは容易に推定できるので、被告らの右主張は前記の認定及び判断を左右するものではない。

三被告らの責任原因について検討する。

1 乙田和郎、丙田洋之の年齢、両名と被告親権者らの身分関係は当事者間に争いがない。前記のとおり、乙田和郎、丙田洋之の本件行為は積極的暴力ではなく、いたずら型であるが、両名の年齢からみて、本人らは責任を弁識する能力はないと認めるのが相当である。しかし、原告の身体に対し意識的に有形力を加えたことは明らかで、更にその態様は傷害の結果を発生する蓋然性が低いとはいえず、違法性がある。更に被害者である原告に何らの落ち度もないから、被害者との関係で、一二歳の子の親権者としては日頃から他人に対するいたずらを防止するように監督すべき義務があつたというべきである。

2  原伊久子は被告長野市の公務員であつたことは当事者間に争いがない。

〈証拠〉によれば、原告は昭和五二年八月(本件事故前約四か月)吉田小学校に転校し、原伊久子担任の組に入つたが、その直後、同級生の田村正和他一名に呼出され、殴る蹴るの暴行を受けて気絶し、翌日原伊久子にこれを訴えたところ、同人は善処を約束したにもかかわらず、原告はその後も同様の暴行を重ねて受けたので、原告は、原伊久子が何らの処置もとらなかつたと判断したことが認められる。証人原伊久子の証言によつても、原伊久子が田村正和に対し適切な指導をしたことは認められないので、原告の右判断どおり放置されたと認められる。

〈証拠〉によれば、原伊久子は担任の生徒多数に対して往復びんたを加えたことがあり、特に成績の悪い生徒や反発する生徒に対してはきつくあたり、鬼姿と呼ぼれたこともあつたことが認められる。証人乙田和郎は、被告ら代理人の質問に答え、原伊久子の担任の生徒らが卒業後も原伊久子を囲んで同級会を開いたなどと同人によい面があると供述したが、仮にこのような事実があつたとしても、同証人もびんたを受けたことを認めており、右認定を左右する事情にはなりえないし、原告甲本次郎の供述するように、原伊久子は自分の気に入つた生徒に対しては親切で、そうでない生徒に対してはきつくあたつていたとも考えられる。従つて右の行為は教育的な配慮によるものとはいえない。(なお、以上の判断は、びんたそのものが許容されることを前提にしたものではない。)

ところで、証人原伊久子の供述は、田村正和の件や生徒に対する対応など多くの点で他の証言、供述と異なつているので、これについて吟味する。右証人の供述は、その内容はしばらくおくとして、態度に落着きがなく、質問(特に原告ら代理人の質問)に対して過度に身構えて、しかも直接に答えようとはせず、重要な点について「覚えがない」「記憶がない」と繰返し、到底当裁判所を納得させるものではなく、積極的に虚構の事実を供述したと断定する資料はないものの、何かを隠しているとの印象を拭い切れず、真実を語つたとは認めがたい。

なお、乙田和郎、丙田洋之が本件事故以前に原告又は他の生徒に対し類似の行為をしたことを認めるに足りる証拠はない。

以上の事実に基づいて考えてみる。本件事故は、その態様及び行為者の危険性に関する情報のいずれの面をとつても、通常では予見の困難な類型に属すると判断すべきである。しかしながら、生徒間の事故の第一次的な監督義務者である担任教諭原伊久子の認識のいかんを考えてみると、被害者である原告が前に他の生徒の暴行を受けたことを知つていたのであるから、その原因を究明し、再発の防止のため適切な措置をとるべきであつたし、次に生徒に対するびんたについて、これが本件事故の発生に直接つながつたと認めるに足りる証拠はないが、教師のこのような態度は、生徒に対し、他人への思いやりを軽視し、ひいては多少の乱暴は大目に見られるとの意識を助長することになりかねない。原伊久子の暴力容認の態度が本件事故発生の背景であるとの原告らの主張もある程度は理解できる。以上を総合して、本件事故は一般的には予見困難であるといえるが、原伊久子としては予見可能であつたし、また生徒に対する態度について適切でない面があり、結局、指導上の義務をつくしていなかつたというべきである。

なお、原伊久子の事後措置の懈怠により、被害が拡大したことを認めるに足りる証拠はない。

被告長野市は国家賠償法一条により、損害賠償の義務がある。

四損害額について検討する。

1  原告甲本次郎の損害

(一)  〈証拠〉によれば、原告の治療費及び診察代として三三万二七一七円(他に通院等の交通費三三万〇八二〇円、宿泊費等一三万五〇〇〇円)支出したことが認められる。

(二)  原告は、前記のとおり、本件事故によつて学業にも不自由となり、近年に至るまで断続的に痛みに悩まされたのであり、通院等による精神的苦痛も少なくなかつたし、完治しないことによる将来への不安もあると推認される。このような事情に前記の交通費等の支出の点も考慮し、その慰藉料は二〇〇万円が相当である。

(三)  (一)(二)の合計額から原告らの自認する填補分を差引くと二二〇万〇四一三円となる。

2  原告甲本花子の損害

原告甲本花子本人尋問の結果によれば、原告甲本花子は母親として、診療、看護等に多大の心労を重ねたことが認められる。しかしながら、被害者の近親者に慰藉料を支払うべき精神的苦痛が生じるのは、機能喪失又は重大な後遺症が残る場合に限られると解すべきところ、本件は右のような場合に該当しないし、近親者の事情は被害者本人の損害額の算定の際に考慮すれば足り、またこれによつて近親者の精神的苦痛も和らぐと考えられるので、本人と別には認めないことにする。逸失利益についても、本件事故と因果関係があると認めるに足りる証拠はない。

3  ところで、前記のとおり、原告は本件事故以前に田村正和らによる意図的な暴行を受けており、これについては直接に責任を問うことなく、比較的軽微な本件事故について加害者の親権者らに賠償を求めるのは公平を欠くようにも思えるが、行為の悪性ではなく、結果のいかんを判断の前提とする損害賠償制度の趣旨に照らしてやむをえない。

五以上の次第で、本件事故による損害賠償として、被告らは各自、原告甲本次郎に対し二二〇万〇四一三円及びこれに対する本件事故の翌日である昭和五二年一二月一五日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払うべきことになり、原告甲本次郎の本訴請求は理由があるから認容し、原告甲本花子本訴の請求は失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条を、仮執行及びその免脱宣言につき同法一九六条を各適用して主文のとおり判決する。 (佐藤道雄)

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